葬式では、未来形が使えない
このプログラムには「感謝予約」という考え方があります。「〜したいです」ではなく「おかげさまで、〜になりました」と完了形で語る。そうすると実現の確度が上がります。
葬式では、故人に「これから頑張ります」とは言いません。弔辞は必ず、すでに受け取ったものについて語られます。この形式は、感謝予約を強制する装置です。
ヘンリーさんは、旅の途中で次の便に乗り継ぎました。行き先は誰も知りません。
あなたはコーヒーを淹れながら、本人に向かって弔辞を述べます。
悲しむ必要は、まったくありません。これは葬式の形をした同窓会です。
この催しは Kopisiswa SHOWCASE 2026『情熱 PANAS .』 の姉妹企画です。同じ豆、同じ二語(Hati-hati)から始まり、行き先だけが違います。現場では口頭で説明しますが、このページを読めば全体が分かるようにしてあります。
舞台は、いつかの Wates Jaya の村。ヘンリーさんは、次の便に乗り継ぎました。あなたはコーヒーを淹れながら、ヘンリーさん本人に向かって話しかけます。
3番目は、おまけです。この会はあなたたちのためのものです。誰かを安心させるための道具ではありません。
私たちは、誰かを社会のための手段にしません。一人の人間として向き合い、その人の願いを起点にします。
— Henley Kopindo Charter・第16章[cite: 1]このプログラムには「感謝予約」という考え方があります。「〜したいです」ではなく「おかげさまで、〜になりました」と完了形で語る。そうすると実現の確度が上がります。
葬式では、故人に「これから頑張ります」とは言いません。弔辞は必ず、すでに受け取ったものについて語られます。この形式は、感謝予約を強制する装置です。
KoPilot とは、副操縦士のことです。葬式とは、機長がいなくなる日。副操縦士が操縦桿を握らざるを得なくなる日です。
今日は、あなたが Pilot in Command です。
誰かと協力し、必要なときには助けを求めながらも、自分の人生の操縦席を手放さないこと。それが、私たちの考える主体です。
— Charter・第1章 Manifesto[cite: 1]葬式は、そこに「いない人」によって成立する儀式です。
今日この場に、春の Kopisiswa は誰もいません。彼らはもう次の場所へ行きました。けれど、彼らが残していったものは、いまここにあります。あなたが今日淹れる豆が、それです。
葬式を同窓会にするのは、ふざけているからではありません。それが Kopindo のやり方だからです。
正しさだけでは、人は一緒に歩けません。深刻なときほど、相手と自分を救う余白を持つ。私たちは、ユーモアを技術であり、器であると考えます。
— Charter・第11章[cite: 1]葬式は、そこに「いない人」によって成立します。だから先に、両方の名前を並べておきます。
5人 × 15分 = 75分。
返礼を含めて、およそ2時間の見込みです。
春の Kopisiswa。彼らはもう、次の場所へ行きました。
けれど、彼らが精製した豆が、いまここにあります。
開式のとき、右側の名前を読み上げます。いない人を先に呼ぶのが、葬式の作法です。
そして、いつかあなた自身が右側に並ぶ日が来ます。そのときは、誰かがあなたの名前を読み上げます。
この催しの唯一のゲームルールです。ヘンリーさんが何歳で旅立ったかを決めると、自動的に「あなたが何歳の自分として語るか」が決まります。
全員バラバラで構いません。むしろバラバラのほうがいい。 忖度しないでください。50歳でも、95歳でも、あなたの決めた数字が正解です。 本人が目の前にいるので気まずいかもしれません。それも含めて、あなたの選択です。
ヘンリーさんは 1988年3月21日生まれ。2026年現在、38歳です。
| 設定した没年齢 | 西暦 | いまから |
|---|---|---|
| 50歳 | 2038年 | 12年後 |
| 60歳 | 2048年 | 22年後 |
| 70歳 | 2058年 | 32年後 |
| 80歳 | 2068年 | 42年後 |
| 90歳 | 2078年 | 52年後 |
例:いま21歳のあなたが「70歳」と設定した場合
→ 21 +(70 − 38)= 53歳のあなたとして語ります。
聞いている人が、あなたの話をいつの話として聞けばいいかが分かります。
「おかげさまで今〜しています」の「今」を、具体的にするためです。
53歳の自分は何をしているのか。どこに住んでいるのか。誰といるのか。20代のあなたにとって、50代の自分を想像するのは重い作業です。でも、それが感謝予約です。
長く設定した人は人生の総括を、短く設定した人は近い未来を語ることになります。どちらが正しいということはありません。
以下の順番で話してください。時間は1人15分、抽出しながら語ります。
普通の弔辞は「〇〇社の〇〇でございます」と名乗ってから始まります。ここでは逆です。
何をやっているかを語り終えてから、名乗る。そうすると、名前が肩書きではなく結論になります。自分の操縦席に座っている人の、名乗りになります。
日本語で話してください。通訳はヘンリーさんが入るか、入らないかのどちらかです。
言葉が通じなくても、心配は要りません。Arif さんは、いつも人をよく見ています。何を言ったかより、どういう顔で言ったかのほうが伝わります。
SHOWCASE のルールは「熱いので、気をつけて」でした。コーヒーを差し出すときの一言です。
同じ二語が、熱さへの注意から未来への見送りの言葉に変わります。
Samsara(サムサラ)=輪廻。巡り、また出会うこと。Kopisiswa 一人ひとりが別々のルートを旅して、自らの手で精製した豆を持ち寄り、再びひとつの点に集まる。その巡り合わせを名前にしたバッチです。
チェリーの選定から発酵の見極め、乾燥まで、すべて中部ジャワ Kalibening の農園 Java Sugesti の Arif さんに教わりながら、Kopisiswa の手で行いました。
この豆に Kopisiswa の名がついているのは、彼らだけでつくったからではありません。教わる相手がいて、はじめて Kopisiswa です。
— Kopisiswa SHOWCASE 2026葬式の日に、輪廻の名を持つ豆を飲む。名前は、はじめから今日のためにあったようなものです。
| Anaerobic honey | Main Batch | 19.0 kg |
| Full washed | Half Batch | 9.0 kg |
| Red honey | Quarter Batch | 5.0 kg |
| Lactic washed | Quarter Batch | 4.0 kg |
| Double washed | Experimental | 1.5 kg |
| Thermal shock | Experimental | 1.5 kg |
| White honey | Experimental | 1.45 kg |
ヘンリーさんは次の便に乗り継ぎました。事故ではありません。理由があります。
インドネシアでは航空事故が身近な記憶です。そして、みなさんは数日後に本物の飛行機で帰ります。
それ以上に、Kopindo はこう書いています。
Tiket ini bukan izin untuk terbang. Ini tanda bahwa kamu bagian dari perjalanan yang sama.
(この券は、飛ぶための許可証ではない。同じ旅の一員である証だ)
飛行機が人を奪うものになると、飛行機に乗らない人が、旅からも死からも外されます。だから、死は行き先の変更です。
あなたが最後に問う「次の旅はどんなご予定ですか?」は、乗り継ぎ先を尋ねる言葉です。
弔辞を受けたあと、ヘンリーさんは一人ずつに応えます。設定年齢が全員違うので、必ず、相手が決めた数字を復唱します。
相手が決めた数字を受け取って返すことで、「勝手に決められた」が「受け取ってもらえた」に変わります。
通常のプレゼンテーション形式に切り替えます。理由を説明する必要はありません。「今日はこの形式ではやりません」の一言で構いません。
記録(録音・撮影)についても、断ることができます。記録はサイトには載せず、Kopindo 内部の集まりでのみ共有します。
参加者にも「行かない」「撮らない」「続けない」「離れる」と決める権利があります。
— Charter・第8章「拒絶を、なかったことにしない」[cite: 1]順位はつけません。うまさを競う場でもありません。比べるとしたら、あなたが今日語る自分と、明日からのあなただけです。
相手を負かすこと、居場所を奪うこと、自分の正しさを証明することを目的にはしません。
— Charter・第11章「競えども、戦わず」[cite: 1]いつか、Kopindo と縁のあった人たちが立派な大人になった頃に、本当の同窓会を開きます。今日は、その最初の一回です。
・各自の弔辞(録音・録画)
・Arif さんの家、Samsara を淹れている手元
・空いている席(今日いない人の分)
この記録は、このサイトには載せません。Kopindo の内部の集まり(報告会・説明会など)で共有します。いつか本当の同窓会をひらくとき、「最初にやった回」として見せることがあります。
撮られたくない場合は、遠慮なく言ってください。理由は要りません。
「いま、何に夢中か」です。
葬式なのに、湿っぽくなったら失敗です。
Hari ini kami mengadakan presentasi dengan bentuk yang tidak biasa, di rumah Anda. Sebelum mulai, kami mohon izin — dan kalau boleh, kami juga ingin bertanya.
Henley-san masih hidup dan duduk di antara kami. Tapi hari ini kami berpura-pura bahwa dia sudah pindah ke pesawat berikutnya — bukan kecelakaan, hanya berganti penerbangan. Tujuannya tidak ada yang tahu.
Satu per satu peserta menyeduh kopi sambil berbicara kepadanya.
Ini bukan acara sedih. Ini semacam reuni.
Karena kepada orang yang sudah berangkat, kita tidak bisa bilang “saya ingin jadi...”
Kita hanya bisa bilang: “Berkat Anda, sekarang saya sudah menjadi...”
Bentuk ini memaksa mereka bicara tentang apa yang sudah dicapai, bukan tentang keinginan saja. Itu tujuannya.
Kami sadar ini bentuk yang sensitif — apalagi di rumah Anda. Di Jepang ada cara sendiri untuk mengenang orang yang meninggal. Tapi kami sedang berada di rumah Anda, di Kalibening.
— Di sini, bagaimana orang biasanya mengenang yang sudah pergi?
— Adakah yang sebaiknya tidak kami lakukan hari ini?
— Waktu minum kopi bersama nanti, adakah cara yang lebih pantas menurut Anda?
Kalau ada yang kurang pantas, tolong beri tahu kami. Kami akan mengubahnya.
Kami datang untuk belajar — sama seperti waktu belajar mengolah kopi dari Anda.
Kami menyeduh kopi yang Anda ajarkan cara mengolahnya kepada anak-anak Kopisiswa musim semi lalu.
Samsara berarti perputaran: pergi, lalu bertemu kembali. Hari ini kopi itu dipakai oleh orang-orang yang datang setelah mereka.
Anak-anak yang mengolah kopi ini tidak ada di sini hari ini. Mereka sudah pergi ke tempat berikutnya. Tapi yang mereka tinggalkan ada di cangkir ini.
Lima orang, masing-masing 15 menit. Semuanya dalam bahasa Jepang — Henley-san mungkin menerjemahkan sebagian, mungkin juga tidak.
Kalau bahasanya tidak dimengerti, tidak apa-apa.
Anda selalu memperhatikan orang, bukan hanya kata-katanya. Kami percaya itu sudah cukup.
Kami merekam acara ini (suara dan video). Rekamannya tidak kami sebar di internet. Hanya dipakai di pertemuan internal Kopindo.
Kalau Anda atau keluarga tidak mau direkam, tolong bilang saja. Kami langsung berhenti.
Kalimat yang biasa kalian ucapkan waktu menyerahkan kopi.
Hari ini, kalimat yang sama dipakai untuk melepas orang yang berangkat.
Kopi ini tidak jadi tanpa Anda. Musim depan, kami datang lagi ke Kalibening.